ホワイトデーSS ~二人の約束 byコハルノート
三月を待っていたかのように、春一番が吹いた。季節を運ぶ風は強く、服装も髪型も吟味しないと大変なことになる。 コハルノートの扉の前で、私は鏡を取り出して、前髪をチェックした。案の上ボサボサだ。手櫛で整えてからドアを開けると、私よりも先に風が入っていった。...
バレンタインSS inコハルノート byコハルノートへおかえり
「こんにちはー!」 バレンタインデー当日。勢いよくコハルノートの扉を開くと、カウンターの中にいた樹さんが接客の笑みをすっと消した。 「もっと静かに入ってこれないのか、梅子?」 「サリュ、コウメ! 彼女の魅力の一つは、元気じゃないか」...
バレンタインSS~紗綾の場合 byコハルノート
「紗綾っ!」 待ち合わせ場所で本を広げていた私は、すぐに顔を上げた。そこに小梅ちゃんが飛び込んでくる。 いきなりのハグに、思わず私はよろめいた。 「久しぶり! 会いたかったよぉっ!」 肩から顔を上げた小梅ちゃんは満面の笑顔だ。もう、かわいい。許す。...
【知らない記憶SS】知らない変更
聞いた音声を文字にする。 たったそれだけ。 それだけの仕事なのに、悩みはつきない。 「……わー、く……」 そもそも何の問題もなく聞き取ることのできるような、すこぶるクリアな音声など、ほとんどない。周囲の話し声や雑音が入ってくる。...
【知らない記憶SS】知らない現場
「むー……」 寝転がりながら、カルチャー誌『151A』を天井にかざす。 調臣さんからもらった見本誌だ。つい二週間ほど前に起こしたインタビューが記事になっている。 「うむむむー」 もちろんライターさんによって魅力的に仕上げられた記事には、俺の仕事の片鱗は見当たらない。だけど、...
【知らない記憶SS】知らない言葉
きょうも声が走っている。 テレビのアナウンサーが報じるニュース。すれ違う人の会話。店内アナウンス。様々な言葉が、日常に溢れている。 そう実感するようになったのは、この仕事に就いてからのことだ。 清澄白河の高層マンションの一室に、音谷反訳事務所はある。...